千代田区スポーツセンターは神田駅からも地下鉄大手町駅からも5分という、おそらく日本に数あまたある体育館の中でもおそらく一番都会のど真ん中にあった。会場には続々と人が入っていって、おお、これはみんな東京スリジエを見に来たのかと思っていたら、ここは名前の通り「スポーツセンター」で、プールやトレーニングルームなど他の施設の利用者だった。フィットネスジムをイメージしてもらうといいだろう。今回の桜会の会場も、団体として体育館を予約していた、という感じだった。
そして会場の体育館に入って受付を済ませると、上階の常設スタンドとは別にアリーナフロアにも仮設の席が並べられていて、そこで見させてもらった。当たり前だけれど、そこにはVリーグの会場にあるような広告板もないので、こんな間近に選手がいるというのと、選手と観客というものを隔てる壁もないなと気づいて、自然とテンションが上がっていった。アリーナは半面のみの使用で、天井から垂れ下がったネットの反対側では学生か社会人サークルだろうか、バスケットボールが行われていた。
そして会場には、午前に行われていた小学生向けバレーボール教室に来ていた親子がそのまま残っていた。子供がいる会場というのはやはりいいものだ。正直もっとファンが詰めかけるかと思ったが、おそらく黒鷲旗に出かけているのだろう。
和気藹々とした雰囲気の中行われている男子の紅白戦を見ていて、しばらくたってからだろうか。ふと、ある感覚に襲われた。
───これは、社会人サークルの練習を見に来ているのではないだろうか…と。
会場は区の体育館の半面で、反対側は一般の人たちがスポーツに興じている。ボールも体育館のもの。椅子も仮設のパイプ椅子。選手自らがインスタライブで試合の模様を配信…
これって、Vリーグ、というか、バレーボールの原風景では…と思った。
当たり前だけれど、Vリーグのどのチームも、試合のない普段の日はこんな感じで試合形式の練習をしているのだろう、と。その体育館が自前なのか、公共施設を借りているのか、の違いだけだ。
そして誰だってやろうと思えば、こうして公共施設を借りて同じようにバレーボールができる。
私自身はバレーボールの競技経験がないので、こうして体育館を借りてバレーボールをしたことはないんだけど、テニスだったら公共施設を借りて人を集めてやったことはある。それと同じだった。
そんな原風景を、すっかり楽しませてもらった。
三セットマッチの紅白戦が終わると、この日を最後に引退する選手のセレモニーがあり、続いて女子チームのお披露目となった。お披露目といっても選手の挨拶くらいかなと思っていたのだが、男子選手も混じっての紅白戦という形で行われた。
その後、見に来ていたファンも混じっての記念撮影が行われ、イベントは終了となった。私もそこそこバレーボールを見ているが、試合後のコートに足を踏み入れるのは初めてだった。コート上で選手たちとファンが会話する光景が見られる一方、利用時間の関係でイスなどを撤去して片付けているのが印象的だった。そう、これは公共施設だからだ。この時間の後は、またどこかの団体がバスケットボールなどで使っていたのだろう。
これが、桜会の大まかな一部始終だ。
この日印象的だったのは、区長が来ていたことだった。これが、大会ならまだわかる。こう言っては何だが、Vリーグで言えばファン感謝祭に自治体のトップが来るようなものだ。それはつまり、千代田区の期待の表れだと思った。
しかしなんで区長が、土曜の昼という公務の時間外にわざわざ足を運んでくれたのだろう。そう思ったときに、あ、もしかして千代田区にはスポーツチームがないのでは、と。早速調べてみると、illmassiveというサッカーチームがあった。サッカーチームの基本である都道府県の協会への加入をしていない、という経歴も面白そうだが、さすがにJリーグを目指しているというわけではなかった。そりゃそうだろう。どう考えてもあの千代田区にサッカー場は作れないし(Jリーグ参入を目指す上で、基本的にその地区にスタジアムが必要になる)、千代田区に大きな公園も思いつかないので(日比谷公園はテニスコートしかない)、練習拠点の確保にも事欠くだろう。
でも、スポーツチームはそれだけのようだ(子供向けを除く)。その点では、千代田区に本拠地を置くチームというのは区としても歓迎するはずだ。逆に言うと上述の理由(拠点の確保)で、千代田区など東京のど真ん中にチームを、というのはどうしてもはばかられて空白地帯になるわけで、東京スリジエがいかに挑戦しているか、がわかると思う。
※ちなみにサッカーでは最近東京のど真ん中にクラブを設置するケースが増えている。特にクリアソン新宿はぜひご注目を。えっ、新宿区にサッカースタジアムは難しい? 国立競技場は新宿区です(笑)
ただ、千代田区を拠点とすることの大きなメリットがあるのだが、なんだと思いますか?
それは東京スリジエが掲げるこのキーワードにある。
「デュアルキャリア」
デュアルキャリアについては代表の浅岡選手が自ら説明しているので下記をお読みいただきたいのだが、デュアル=二重、で、簡単に言うと昼は会社員、夜はバレーボール選手、ということだ。いやいや、V2とかでもそういう選手おるやん、と思われるだろうが、あくまでその企業の社員として選手になってるのに対して、東京スリジエはそこは別ということだ。もちろん就業先の斡旋はされているだろうが、あくまで会社と東京スリジエという二つの組織に所属している形だ。選手たちも会社だけでなく働く場所もバラバラだろう。
もっともこれは東京スリジエが、というよりは地域リーグに所属するチームではこういう形が多いだろう。Vリーグ女子でも例えばKUROBEアクアフェアリーズ、リガーレ仙台などもこのパターンだ。チームに所属しているもののそれは選手としてであり、社員としての勤務先はスポンサー企業である。
ではなぜ千代田区に拠点を置くことがメリットになるのか? 答えは簡単。企業がたくさんあるから(笑)。先に述べたように昼間の人口は23区で3位であり、つまり雇用がたくさんあるということだ。しかも千代田区は狭いので、就業後の練習拠点への移動も短時間で済む。職住近接ならぬ、職球近接である。ただし千代田区には流石に住めないだろうから(家賃が高い)、住まいは遠いとなると、その点では家賃も安い地方都市の方が選手にとってはありがたいかもしれないが。
最近こういう、アスリートの就業支援をする企業が増えている印象がある。もちろんそれは、就業時間の制限があったり(簡単に言うと練習のある日は残業できなかったり)、また雇用先にもアスリートを雇用することのメリットをプレゼンすることが求められるわけで(ましてや東京は人材が豊富なので、アスリート以外でも人はいる)、大変なことではあるんだけれど、東京のど真ん中というのはチャンスにあふれている、ということは間違いなく言える。
しかし、選手たちがバラバラの職場で働き、練習、試合の時だけみんなが集まってチームとして活動する…それこそまさに社会人サークルじゃないか、と。その点では先に述べた社会人サークルの練習を見に来た感覚、というのは間違ってなかっただろう。
さて。つらつら書いたが、なぜVリーグ女子がメインの私が桜会に足を運んだかというと、それはある選手の存在が大きかった。