世界には黒後愛しかない

東レアローズ滋賀
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Arimoto Kazuki(有本和貴)をフォローする

こんな記事がある

負傷の木村沙織がフル回転! 全日本女子、リオ五輪出場決めた
勝負の日である。朝、日本の眞鍋政義監督は選手全員が入った「LINE」グループに熱いメッセージを流した。照れ屋の指揮官としてはめずらしいことだった。<簡単にオリンピック出場権がとれるわけがない。自分たちで勝ちとる。それが今日だ。プレッシ…

エースは試合前、セッターの宮下遥からこう言われていた。「全部、(トスを)持っていきます」と。

引用元:上記の記事より

ここぞというときにトスを託される存在になれるか。木村沙織さんは現役時代確かそんなことを言っていた思う。試合の大事な局面になると、セッターとしても「後はお願いします!」と頼られる以上に「託される」存在になり、かつそれにしっかりと応えられる存在…当然マークはつくけれど、それをかいくぐってまで得点を決められる存在。それが絶対的なエース、という存在なのだろう。

「この人で決まらなかったらしょうがない」。いわば心中できる存在。野球で言うなら優勝のかかった大事な一戦で先発を託されるエースであり、サッカーなら勝敗のかかった大事なPKを任されたキッカー、というところになるだろうか。

試合を見ていてセッターの上げるトスが特定の選手に集中することがあって、攻撃が読まれるのに、とか、手詰まりになっていてそこしか出せなくなっている、単調だよなあ、と思うこともあるのだけれど、一方で打開するにはその人に「託す」しかない、ということなのかなとも思うようになった。

木村沙織さんは、現役時代、東レアローズにおいても、そして全日本においても、長きにわたってそういう存在だったのかなと思った。もちろん放っておいても託されるわけではない。リオ五輪予選の時は、宮下遥選手が個人でトスの特訓を受けていたときに、それを伝えられていなかったはずの木村沙織選手が突然体育館にやってきて「トスを受けに来ました」というエピソードがあったが(WEBで探したけれどなくて、どうやらNumberの誌面だけのようです)、つまり、託されるというのはセッターとの信頼関係かつ、お互いの努力あってのものだと思った。

黒後愛という名前は、もしかしたら今、バレーボールに大して詳しくない人でも一番知られている名前、かも知れない。それはメディアが積極的に取り上げた影響もあると思う(私の周りを見ていてもそんな印象だ)。「木村沙織の後を継ぐ次世代エース」。そんな形で報道されることが多かったと思う。それまで木村沙織という存在に頼り切っていたメディアが、その代わりに、というわけではないにしても、光を当てようとしていた部分は多々あったと思う。

そりゃ、3年前にバレーボールにハマったばかりの私だって初めて見に行った春高バレーで彼女のことは知っていたけれど、昨シーズン全く東レアローズの試合を見られなかった身としては、どんな選手なのかは未知数だった。ただ、今年の世界バレーをテレビで見たときの彼女の印象は正直あまりいいものではなかった。表情を全く変えないところが、私にはふてぶてしさに見えてしまった(今となっては動じない強い精神力だと捉えられるのだが)。